第1話 転校生 




碇シンジは、クラスの中で浮いていた。男子からは、大人しくて弱い奴と思われていたので、必要以上にシンジに関わろうとする物好きはいなかった。女子からは、暗くて気弱な男だと思われていたので、声をかける優しい娘など皆無だったのだ。

だが、意地悪するような輩もいなかったため、シンジは辛い思いはしていなかった。学校で過ごす時間が空しいことは寂しくはあったが、耐えられないほど嫌ではなかった。そんな日々が延々と続くと思われたが、ある日を境にシンジの境遇は大きく変わることになる。



「おい、早く席に着け。今日は、転校生を紹介するぞ」

そろそろ夏になろうかという日の朝、いつものように担任の先生がやって来て、開口一番転校生が来ると告げたのだ。生徒達は、どんな転校生が来たのかと噂しあう。そして、期待と不安が入り混じった目で教室の一点を見つめた。

「おい、入っていいぞ」

先生が合図をすると、とびっきりの美少女が入ってきた。その少女は、先生に促されて黒板に名前を書く。その黒板には、綺麗な文字で『綾波レイ』と書かれていた。

「みなさん、はじめまして。私は綾波レイといいます。第三新東京市からやって来ました。なにかとご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」

レイはそう言うと、ぺこりと頭を下げた。レイが顔を上げて微笑むと、教室には大歓声があがった。こんな美少女は、今まで学校広しといえどもいなかったからだ。

だが、喜ぶ生徒達の中で、一人だけ暗い顔をしている者がいた。シンジである。シンジは、これまでの平穏な生活が終わりを告げるのではないかと恐れていたのだ。もちろん、シンジの予感は当たっていた。なぜならば、レイがシンジの姿を見つけたからだ。

「あっ、碇くん」

レイがシンジに向けて軽く手を振ると、クラス中の視線がシンジに向けられた。あまり目立ちたくないと思っていたシンジは、苦笑する。しかし、少しは空気を読めるようで、レイに向かって同じように軽く手を振った。内心では逃げ出したいと思っていたのだが、そんなことをすればどんなことになるのか、想像出来るだけの知能も持っているからだ。

「久しぶりだね」

シンジが小さな声で返したところ、レイは満面の笑みを浮かべる。そして、先生の方を向いたかと思うと、こう言ったのだ。

「先生。碇シンジくんの隣に座りたいのですが、いいでしょうか?」

シンジは、思わず走って逃げたくなった。むろん、レイのことが嫌いだからではない。レイのような美少女と仲良くすると、これまでの静かな日常が崩れ去るような予感がしていたからだ。そして、その予感は当たっていた。



休み時間になると、レイの周りには人だかりが出来た。転校生の常として、質問責めに遭ったのだ。レイは同級生達の質問の嵐に対してわりと無難な受け答えをしていたのだが、そのうちにある女の子が思い切った質問をした。

「ねえ綾波さん、好きな人はいるの?」

勇気ある女の子が問いかけると、周りの者は息を呑む。男子は、いなければいいなと思う。レイを彼女に出来るかもしれないという幻想を抱けるからだ。女子の多くは、いればいいと思う。自分の想い人が、レイに想いを寄せてほしくないからだ。そんな同級生達の心の葛藤を知ってか知らずか、レイは少し間をおいてから顔を赤くして答える。

「ええ、いるわ」

そして、ちらっとシンジの方を見る。その仕草を見て、周りの者はシンジがレイの想い人ではないのかと疑う。

「まさか、好きな人って碇君なの?」

別の女の子が、追い討ちをかけるようにレイに問う。するとレイは、顔を赤くする。

「誰が好きなのかは言えないわ。私の片想いだし、自分の想いは自分で伝えたいから」

レイは答えられないと言うが、周りの者はそれ以上の追及を諦めようとはしなかった。直球勝負が駄目ならば、変化球を投げればいい。

「じゃあさ、碇君について教えて。綾波さんとはどういう知り合いなの?もしかして、幼馴染とか?」

これまた別の女の子が問いかける。するとレイは、ほんのりと頬を染める。

「残念ながら、幼馴染ではないわ。でも、とっても大切なお友達なの」

レイは、笑みを浮かべながらゆっくりと答える。レイの表情は、とても柔らかくて幸せそうだった。まるで、恋する乙女のように。そんなレイに対し、質問はシンジ関係に集中する。レイは、シンジと同級生だったことや、仲良しグループのメンバーだったことを話したが、ネルフに関することは一切喋らなかった。そのため、レイとシンジの関係を正しく伝えることは出来なかった。そのせいもあってか、追及は長引いた。

「もしかして、ここに来たのは碇君がいるからなの?」

その時、ある女の子がふと呟いた。そうしたら、レイはいきなり慌てだす。

「そ、そ、そ、そんなことないわ」

レイはシンジは関係無いとムキになって否定したが、その態度があまりにも不自然だったためか、かえって疑惑を招いてしまう。

「「「「あやしいわね!」」」」

女の子達の追及に、レイは冷や汗を流しまくった。



一方、シンジはさっさと教室を出ていた。レイとの関係を問い詰められると思ったからだ。シンジは、屋上に出て遠くの景色を眺めながらも、レイのことを考えていた。

「綾波かあ、前よりも綺麗になったなあ。でも、一体どうして今頃になって現れたんだろう?」

シンジは、レイがここに来たのは、自分が目当てではないかと考えていた。だが、腑に落ちないことも多かった。シンジがネルフを抜けたのは、もう1年以上も前のことだったからだ。その後、何度かネルフに戻るようにと誘いが来たのだが、『かったるいから、絶対に嫌だ』と言って全て断ってきた。ここ3か月ほどは誘いも無くなったので、ようやく自分のことを諦めたのかと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

シンジとしては、エヴァに乗って戦うことはおろか、エヴァに関係する実験に協力するのも嫌だった。エヴァに関しては殆どいい想い出が無かったうえに、人類補完計画に知らないうちに協力させられていたことを知ってしまったからだ。ただ、そのことを全て説明するには骨が折れるし面倒なので、これまでは『かったるい』という理由で押し通してきたのだ。

事実、あの時から何事に対しても真剣に向き合うことが億劫になっていたし、何かをしようという気力も沸いてこない。ただただ平穏に一日が過ぎていけばいいと思うようになっているのだ。高校生になったら気分が変わるかもと思っていたが、そんなことは無かった。

「でもなあ……」

シンジは、深くため息をつく。レイに何かを頼まれたら、なんとなく断りにくいだろうとも思えるのだ。だからシンジは、なるべくレイとは話さないようにしようと決心した。その決心がいつまで守られるのかはわからないが、とにかくシンジはエヴァに再び関わることは嫌だったのだ。


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<あとがき>

作者のstrikerです。

トータス氏の「学園の天使」を読んで人類補完計画後のシンジを書いてみたくなり、本作品を書きました。
ただしストーリーは全く違いますし、メインヒロインはアスカではなくてレイになる予定です。
この先どうなるのか作者にもわかりませんが、暇なときにお付き合いいただければと思います。

なお、この作品は大手投稿サイトのArcadiaに二重投稿しています。
(2008年12月20日時点で、第1話の前半部分のみ。作品名も作者名もこことは違います。)
ただ、あまりにも下手だったためか、批判すらありませんでした。(泣)