PHASE1 血のバレンタイン 




アマルフィ家の養女となったアスカは、優しい養父母やニコルと穏やかな生活を過ごした。

養父のユーリ・アマルフィは、最高評議会議員でロボット工学専門家であり、最近はモビルスーツ−もしくはMS−と呼ばれる人型の軍事用ロボットに関する仕事が忙しいために家に帰らないことも多かったが、家の中には仕事を持ち込まず、常に笑顔を振りまいていた。

養母のロミナ・アマルフィは、特に仕事はしていなかったが、週に2回ほど近所の子供達にピアノを教えていた。とても上品なうえに優しくて、裏表の無い女性だったため、アスカは、自分も大人になったらこんな女性になりたいと憧れるようになっていった。

義弟のニコルは、とても優しくて温かいい雰囲気を持つ少年だった。幼い頃からロミナにピアノを習っており、暇さえあればピアノを弾いていた。そして、アスカのことを実の姉のように慕ってくれた。

みんな、アスカを家族の一員として受け入れ、時には優しく、時には厳しく、本当の家族のように接してくれた。いつしかアスカは、彼らのことを本当の家族のように思うようになっていった。

そして、アスカは体調が万全になると、女子校にも通うようになった。太陽の様に明るく朗らかなうえに、ロミナの影響を受けて優雅でおしとやかに振る舞うアスカには、親しい友人も大勢出来た。

友人は同年代の女の子だけではなかった。ロミナの友人のレノアや彼女の子供であるアスラン、その友人達とも仲良くなっていった。

弟のニコルは、アスランを兄の様に慕った。その頃には、アスカはニコルの保護者を自認するようになっていたため、変な話ニコルの取り合いのようなこともしばしば起きるようになった。

そのうち、アスランの婚約者のラクスもアマルフィ家を訪れるようになり、ニコルを取られた形になったアスカは、当てつける様にラクスと仲良くするのだった。

そんな中、アスカは徐々に自分を取り巻く状況が分かってきた。

アスカが住む世界の情勢については、次のことが分かってきた。

最後の核兵器が使用された年を元年とする、Cosmic Era(コズミック・イラ)という暦が使われていること。
アスカが住んでいるのは地球ではなくて、プラントと呼ばれる宇宙コロニー群の中であること。
プラントに住んでいる者の殆どが、コーディネイターと呼ばれる遺伝子改変を受けた人間であること。
これに対し、遺伝子改変を行っていない人間は、ナチュラルと呼ばれていること。
ブルーコスモスと呼ばれる団体が、コーディネイターに対してテロ行為を行っていること。
そのため、コーディネイターはプラントに移住する者が多いこと。
プラントに住むコーディネイターは、食料の生産や武装を禁じられてきたが、これに反対する動きが活発になっていること。
これに伴い、最近色々なトラブルが起き、それが拡大していること。

戦争が起きるのではないかという噂が、急速に広まっていること。

アスカやその家族の知人・友人については、アスカが知り得たのは次のことだった。

ロミナの友人であるレノアは農学者であり、プラントの食料不足を解決するための研究に心血を注いでいること。
レノアの夫はパトリックといい、ユーリと同じ最高評議会−プラントの最高意思決定機関−の議員であるとともに、国防委員長であること。また、近年結成されたザフトというプラントを防衛するための軍事組織の幹部であること。
レノアの息子のアスランは、6歳頃から7年間も月の幼年学校に通っていたこと。
アスランの婚約者であるラクスは、歌が上手であり、歌姫とも呼ばれていること。
ラクスの父親は、ユーリやパトリックと同じく最高評議会議員であり、議長でもあること。

また、過去の記憶も断片的なものではあるが、ごく一部が戻っていた。だが、それが原因でごくたまに悪夢を見てうなされることがあったが、そんな時はロミナが添い寝をしてくれたため、直ぐに収まった。

こうしてアスカは、優しい家族や親しい友人に囲まれて、のんびりとした平和な生活を過ごしていた。


だが、平和な日常は、唐突に終わりを告げることになる。

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C.E.(コズミック・イラ)70年2月14日


アスカは、楽しみにしていた学校行事である施設見学を、急に怪我をしたニコルを看病するために欠席していた。

「ごめんね、姉さん」

家のベッドの上で、ニコルは本当に済まなさそうに言った。

「ううん、いいのよ。気にしないでね。姉さんはね、学校の行事なんかよりもニコルの方が大事だから」

アスカは、にっこり笑う。それは、アスカの本心からの言葉だった。

「でもね、姉さん。その格好は止めてくれないかなあ」

ニコルは、そう言って顔を赤くした。今のアスカは、上はヘソが見えるほど丈の短いタンクトップカットソーで下は超ミニスカートという、とってもラフというか悩ましげな格好だったからだ。白い太股とヘソは、特にニコルを悩ませた。

「へっ?何言ってるのよ、ニコル。きょうだいでしょ。気にしなくてもいいのよ」

アスカは、気にしないでと言った。だが、ニコルはジト目となる。

「それに、姉さんは二重人格みたい。外ではラクスさんみたいにお姫様のようにおしとやかなのに、家ではそんな格好して。姉さんの実態を知ったら、みんな驚くよ」

「あら、そう?アタシは別にかまわないわよ」

ニコルにそう言われたアスカだったが、全然気にした様子は無かった。それどころか、何故かにっこりする始末。

「ふん、変な姉さん」

ニコルは頬を膨らませたが、急に目を見開いた。ニコルの様子がおかしいのに気付いたアスカは、心配そうに尋ねた。

「ねえ、どうしたの、ニコル」

だが、ニコルは真っ青な顔をしてテレビを指さした。アスカが振り向くと、テレビには大きなテロップが流れていた。

『地球連合軍、プラントに対して宣戦布告。ユニウス・セブンにて、核兵器を使用。死者・行方不明者は数千人を超える見込み』

それを見たアスカは、思わず立ち上がった。

「そ、そんな……。みんなが施設見学に行った場所じゃない」

これは、夢だ。そうに違いない。アスカはそう思い込もうとした。だが、夢ではなかったのだ。急速に顔から血の気が引いていくアスカに、ニコルが悲痛な声をかけた。

「姉さん、ここにはレノアおばさんが行っているはずなんだよ」

「そ、そんな……」

アスカは、拳を強く握りしめた。奇跡が起きて、皆が無事でありますようにと、心から祈った。だが、無駄だった。アスカのクラスメートも、アスカやニコルが敬愛するレノアも、二度と帰って来ることはなかった。この日の出来事を、プラントの人間は後に「血のバレンタイン」と呼ぶようになった。

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数日後、アスカはニコルと初めて喧嘩をした。それも、取っ組み合い、殴り合う大喧嘩だった。発端は、ニコルが軍隊に志願すると言ったからだった。アスカは、物凄い剣幕で反対した。

「許さない、絶対に許さないわよ。アンタはねえ、平和な世界で暮らすべきなのよ。戦争なんかに行ったら、死んじゃうかもしれないのよ。死ななくても、軍人なんて性格がひん曲がるんだから。絶対に駄目ったら、駄目よ」

だが、ニコルも猛烈に反論した。

「僕は、姉さんの操り人形じゃない。自分の意思があるし、もう一人前だよ。それに、もう決めちゃったんだ。明日、アスラン達と一緒に志願することに決めたんだ。いくら姉さんが反対しても、僕は行くよ」

「お願い、ニコル。姉さんを見捨てないで。姉さん何でもするから、軍隊なんて行かないで。お願い、お願い……」

アスカは、涙を流して懇願した。だが、ニコルの意思は固かった。

「嫌だ。僕は行くよ。このままじゃあ、プラントの人間は皆殺しにされるよ。そんなことは、絶対にさせない。父さん、母さん、姉さんは、僕が命に代えても守ってみせる」

「そんなことして、アタシが喜ぶとでも思っているの?この、分からず屋っ!」

最初にアスカが手を出した。ニコルの頬が鳴り、真っ赤になる。

「やったなあっ!」

ニコルは。アスカに飛び掛かった。その後は、取っ組み合いの大喧嘩である。二人の喧嘩は、いつまでも続いた。

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翌日、プラントの最高責任者であるシーゲル・クラインが、「血のバレンタイン」での犠牲者を弔う国葬を催した。これには、プラントの住人の多くが参加した。

もちろんこの国葬には、アスカ一家も参加した。アスランやラクスも出席していたが、泣きはらすアスランをラクスが励ましていたため、声をかけることは出来なかった。

アスカはこの時、悲しみと、絶望と、後悔の気持ちで一杯だった。

(ちくしょう、みんな殺されるなんて。あの子達が、一体何をしたっていうのよ。15歳のうら若き乙女達が、これからっていう時に死んでしまうなんて……。みんな、夢があったろうに……、恋をしたかったろうに……、まだ生きていたかったろうに……、それなのにっ!アタシみたいな女なら、地獄に落ちるのも分かる。でも、あの子達に悪い子はいなかった。アタシが代わりに死ねば良かったのよ……。こんなことなら、アタシも一緒に行けば良かった。そすれば、或いは……。ううん、今更そんなこと言っても始まらない。でも……)

アスカは、自分を責めた。何度も何度も責め続けた。そしてアスカは、いつの間にか涙を流していた。

(確かに、昨日はニコルに反対したけれど、誰かが戦わないといけないのも事実だわ。自分の手を汚して地獄に行く人間を、少しでも減らすことが出来るなら、アタシは……。それに、お母さまのためにもニコルを守らなくては。ふっ、アタシもつくづく運の無い女よね。やっぱりアタシは、戦士なのよね。平穏な生活を続けるなんて、所詮は夢だったわ。でも、いいわ。みんなの仇を討つためなら、可愛いニコルを守るためなら、喜んでこの手を再び血に染めてやる。アタシは、今日から鬼になるわ。そうしないと、ニコルは守れないもの。この涙は、地獄へと舞い戻るアタシを、哀れむための涙……)

アスカはこの時誓った。クラスメートの仇を討つことを、ニコルを守り抜くことを、自分の秘めたる力を解放して戦い抜くことを。


そしてこの国葬の際、シーゲル・クラインは独立宣言と「地球連合」への徹底抗戦を明言した。これが、長い戦争の幕開けであった。

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その後、ニコルはアスランと共に、ZAFTと呼ばれる軍隊に入隊した。ZAFTというのは、C.E.68年に政治結社からパトリックの指導のもと解体・再編成され、プラント内の警察的保安組織と合併、モビルスーツを装備するようになった軍事組織である。

アスカも入隊を申請したが、コーディネイターではないという理由で認められなかった。

そのため、アスランの父でありレノアの夫であることから、アスカと面識があったパトリックに直談判して、特例として入隊を認めてもらうように頼んだ。アスカは、パトリックに友人やレノアの仇を討ちたいと涙ながらに訴えた。

これに対してパトリックは、レノアが生前アスカのことを自分の娘にしたいと言っていたことなどを伝え、軍隊に入ることは考え直すように諭した。パトリックは、レノアからアスカがおしとやかであると聞いていたため、軍隊には向かないと考えたのだ。

だが、翌日アスカは自慢の長い金髪をばっさりと切った姿で、再びパトリックに直談判した。そして、友人やレノアの仇をどうしても討ちたいと、泣きはらした目で訴えた。それを聞いたパトリックは、同じナチュラル同士で戦うことにためらいはないのかと尋ねたが、アスカはきっぱりと答えた。自分が戦うのはナチュラルという人間ではない。無力な女子供を無慈悲に殺す、ブルーコスモスを名乗る悪魔と、その手下共であると。

それを聞いたパトリックは、アスカの入隊を認めることにした。但し、アスカがナチュラルであること、運動能力が高いとは思われないことなどから、軍の後方勤務や広報に回されるだろうと考えたからであった。

こうして、ニコルより数日遅れで、アスカも軍隊に入隊することになったのである。



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あとがき

○アスカがEOE後の世界からこの世界に来るまでの流れは、種世界の歴史とほぼ同じです。ですが、アスカがこの世界に来てからは、種世界の歴史とは少しずつ変わっていっています。ですから、似通った部分も多いでしょうが、種世界の「血のバレンタイン」以降のことは、全く別世界の出来事と思って下さい。

○アスカ以外の者がこの世界に来ているかどうかは、多分最後まで分かりません。ですから、今後エヴァキャラに見える者が出ても、エヴァ二次小説の定番というか十八番である、「名前は同じで(又は似ていて)も実は全くのオリキャラ」という「可能性」があります。

○主人公のアスカは、私の目から見た「こうだったらいいなと思う」エヴァアスカです。すなわち、碧眼のスーパー天才美少女なのに努力家で、表面上は明るいけど実は寂しがりやで、気が強くてわがままに見えるけど根は優しい、悪を黙って見過ごせない正義を愛する熱血少女で、人一倍負けず嫌いな性格だけど、どこか抜けててひょうきんな一面もある、そんな性格です。でも今は、記憶喪失であることや血のバレンタインの影響で、行動と性格がどこかかみ合っていないかもしれません。