PHASE12 奇襲 


ラクスを無事友軍のラコーニ隊に送り届けたアスカ達クルーゼ隊は、再びアークエンジェルを追っていた。そこに、ミゲル達から連絡が入った。

足付きが第八艦隊に合流する直前に、ミゲルのジン、ディアッカのバスター、ラスティのランチャーストライク、イザークのデュエルASの4機で、戦力評価を目的として攻撃を仕掛けたところ、出撃した敵モビルスーツは4機。エールストライクルージュ、ランチャーストライクルージュ、エール105ダガー、アストレイRF(レッドフレーム)だったという。

結果は、お互いに特に損傷無し。10分ほどの小競り合いで終わった。その後、足付きは地球連合軍第八艦隊に合流したという。

そのミゲルの戦闘結果とラクスから仕入れた話を元にして、アスカは次のような推測を立てた。エールストライクルージュにキラが乗っていること、ランチャーストライクルージュにレイが乗っていること、エール105ダガーにシンジが乗っていること、アストレイRFにオーブのパイロットの誰かが乗っていることなどだ。

最初は、これを元に作戦を立てようかと思ったのだが、次の攻撃までにバスターダガーが修理される可能性があることや、アストレイRFが数機足付きに残る可能性もあることにも気が付いた。こういう場合、常に最悪の状況を想定するのが望ましい。

以上のことを踏まえて、標的を分担することにした。

エールストライクルージュは、アスランのイージスが戦う。
ランチャーストライクルージュは、ディアッカのバスターとイザークのデュエルASが戦うが、バスターダガーが出たときはこれと戦う。
エール105ダガーは、ニコルのブルーフレームASが戦う。
アストレイRFは、ミゲルのジンが戦う。
メビウスゼロは、ラスティのエールストライクが戦う。
他のジンは、メビウスと戦う。アストレイRFが複数機出現した時は、これにも当たる。
という具合にだ。

ちなみに、アスカはブリッツで強行偵察をした後、ランチャーストライクルージュに乗り換えて戦闘に参加する予定だと説明した。

「これなら、地球軍のモビルスーツを倒すことは可能だわ」

続いてアスカは、他のパイロット達に分担の理由を説明する。
ジンでは、地球軍のモビルスーツと戦うと不利であるので、メビウスに標的を絞った方がいいこと。
エールストライクルージュは、機動性が高いので、アスランが適任であること。
ランチャーストライクルージュは、最も手強いので2機でも勝てるかどうかわからないこと。そのためには、息の合ったディアッカとイザークのコンビで挑む方がいいこと。但し、バスターダガーが出てきた時は、こちらの方が手強いこと。
エール105ダガーとレッドフレームは、実体弾が効くため、ブルーフレームASかジンで挑んだ方がいいこと。
アストレイRFは動きが素早いので、ミゲルのジンが適任であること。
メビウスゼロは動きは早いが実体弾しか攻撃手段が無いので、ラスティのエールストライクが適任であること。

「以上が、分担を割り振った理由よ。誰か、文句ある?」

アスカがギロリと睨みを効かせると、誰からも反論がない。これで、事実上作戦が決定した。




ミゲル達の攻撃をなんとかかわして、アークエンジェルは遂に第八艦隊に合流した。艦隊の中には、先行していたクサナギの姿も見える。アークエンジェルは、数十の戦艦・駆逐艦に囲まれる中、艦隊旗艦である戦艦メネラオスの横に並んだ。

「ハルバートン提督は、自らこちらにおいでになるそうよ。レイにも会いたいでしょうしね」

マリューが言うには、ハルバートンは、自分が力を注ぎ込んだこの艦に乗り込みたくてうずうずしているだろうとのこと。それに加えて、久々に娘のレイの元気な顔を見たいだろうと。

「でも、お父様に会わせる顔が無い。G兵器は全て敵に奪われて、D兵器も1機が大破してしまった」

せっかく開発した新型兵器を、奪われたり壊されたりした責任を感じて俯くレイに、ムウが元気を出せと励ました。 「まあ、不幸中の幸いというか、ストライクは再び手に入れることが出来たんだからさ。それに、クルーゼ隊相手の実戦データは貴重だぜえ。奴らと互角に戦えるということは、ザフトのどの部隊にも引けをとらないっていうことだからな」

ムウの言うことももっともで、G兵器やD兵器が量産されれば、ようやくザフトと互角以上に戦えるようになることが証明されたようなものだからだ。特に、豊富な実戦データによってOSは更なる改良がされて、D兵器やアストレイは、ナチュラルでも操縦が可能になっている。G兵器についても、ナチュラルが操縦可能になるのも時間の問題である。

「それよりも、問題はマナさんね。もう少しだけでいいから、こちらに残ってくれないかしら。ねえ、シンジ君。あなたからお願いしてくれないかしら?」

マリューは、期待を込めた視線をシンジに向ける。マリューの見たてでは、マナはシンジに気がある。シンジからの頼みであれば、もしかしたらオーブのパイロットを機体込みでアークエンジェルに残してくれるかもしれないのだ。

「ええ、いいですよ。結果を期待してくれなければ」

シンジの養父であるジョージ・アルスターを助ける際、マリューがシンジに全てを任せてくれたおかげで、ストライクルージュを奪われた以外は全て上手くいった。そのことで、シンジはマリューに強く恩を感じていたのだ。




イザークたちとの合流を明日に控えて、アスカはニコルとアスランを自室に招いていた。アスカは、キラのことをどうするのかとアスランに尋ねた。

「ねえ、アスラン。キラって奴は、どうやらザフトには来る意思はないみたいだけど。この分だと、あいつはザフトにとって脅威になる恐れがあるわ。このままだと、あいつを倒すしか方法は無いわよ」

それは、アスランにもわかっていたことだった。キラが最初に乗っていた105ダガーは、量産機にもかかわらず、ストライクに負けない動きをしていた。それは、キラが短期間でザフトの赤服と同等の能力を発揮したことを示している。しかも、キラの能力がこれ以上になる可能性がある。このままキラを地球軍に残していたら、いずれ多くの仲間が倒されるのは、火を見るよりも明らかなことだ。だが……。

「それはわかっている。だが、キラは本当に良い奴なんだ。地球軍に騙されているだけなんだ……」

アスランは、力なく呟く。友情と軍務との板ばさみになって、アスランの精神は擦り切れそうなのだ。それがわかるからこそ、アスカは相談を持ちかけたのだが……。

「そうですね。良い人だというのは認めましょう。ラクスさんを無事に引き渡してくれたんですから。正直言って、キラ君が敵の中にいなかったら、ラクスさんは戻っては来なかったでしょう。少なくとも、キラ君とシンジ君という人は、信頼に値する人だと思います。となると、そんな人がいつまでも地球軍にいられるでしょうか?」

ニコルは、良心のある人間ならば、いずれ地球軍に見切りをつけるに違いない。そうでなくとも、地球軍内にはびこるブルーコスモスによって、排除される可能性が高いと言う。コーディネイターなら、なおさらのこと。その時が来るまで、待ってもいいのではないかと言うのだ。

「そうね。あいつには、ラクスを助けてもらった恩があるわよねえ。シンジって奴も、モビルスーツを騙し取ったという借りがあるわ。仕方ないけど、もう少し様子を見ることにするか」

アスカは、キラやシンジ達がラクスに優しくしていたことを聞き、どうしても憎めなくなっていたのだ。それに、今までキラやシンジによって直接殺されたザフト兵は、1人もいない。そのことから、アスカの脳裏には一つの案が浮かんでいた。それは、成功する可能性が非常に低いものだが、全く無理というわけではない。

「アスカ。俺に協力してくれるのか?」

アスランは、希望に満ちた目でアスカを見る。アスランと違って明るく社交的なアスカは、ナチュラルであるにもかかわらず、クルーゼ隊の大抵の人間関係が上手くいっている。パイロットに関しては、既に牛耳っていると言ってもいい。そのアスカの協力が得られるのならば、キラを討たずに済む可能性は格段に高くなるからだ。

「ええ、親友の婚約者であるアンタが、親友の命の恩人を助けてくれって言うんじゃ、しょうがないわよねえ」

アスカは、ニコルと共にアスランに協力することを約束した。このことによって、精神的な重圧から解放されたアスランのハゲの進行が5年は遅れるのだが、アスカに知る由はなかった。




マリュー達がハルバートンを出迎えたため、時間が空いたシンジは、駄目で元々と思ってアークエンジェルへの残留を頼んでみたところ、意外なことにマナはあっけなく承知してくれた。

「でもね、条件があるよ。シンジがマナと一緒の艦にいること。シンジが頼んできたんだから、それくらい当然だよね」

マナは、逃げちゃ駄目だよとシンジに釘を刺す。シンジは、なぜか聞いたことがあるようなセリフだなあと思いつつ、逃げないよと答えた。

「ああ、もちろんだよ。僕はこのまま軍に残るつもりだし、アークエンジェルに乗り続けることになると思うよ」

養父であるジョージの体面上からも、シンジやフレイが今から軍を抜けることは難しい。レイからも、今の105ダガーの能力を最大限に発揮できるのはシンジしかいないからと慰留されており、悩んだ末に、シンジはアークエンジェルに乗り続けることを選択していた。

シンジに懐いているフレイも、シンジが残るなら私もと言った。他のオーブのみんなも、フレイが残るならと、地球軍本部に到着するまでアークエンジェルに乗ってくれることになった。補充を予定していた人員のうち、半数が負傷してしまって人手不足が解消されていないからだ。

「よっしゃーっ!じゃあ、約束のキスを!」

マナはシンジを押し倒し、キスをしようとしてきた。シンジは逃げることが出来なかったが、顔を横にしてキスの場所を頬にすることになんとか成功した。マナは少し不満そうだったのだが、しつこく迫るようなことはしなかった。



こうして、アークエンジェルには、キラが乗るストライクルージュが1機、レイが乗るバスターダガーが1機、シンジが乗る105ダガーが1機、マナとマユラが乗るアストレイRFが2機、合計5機のモビルスーツが搭載されることになった。むろん、2機のスカイグラスパーもだ。



そして翌日、ヘリオポリスの避難民を乗せたクサナギは、第八艦隊を離れていったため、アサギやジュリとはここでお別れとなった。なお、ヘリオポリスの件を弁明するため、ジョージ・アルスターもアサギに同行した。アラスカの地球軍本部、ジョシュアでの再会を約して、シンジとフレイはジョージに別れを告げた。




その翌日、ザフトでは3つの部隊が合流しようとしていた。

「ツィーグラーとガモフ、合流しました」

吉報をもたらしたアデスに、クルーゼは念押しする。

「発見されてはいないな?」

「あの位置なら大丈夫でしょう。艦隊は、だいぶ降りていますから」

アデスが答えると、クルーゼは――無重力状態なので歩くことはせずに――身を翻して戦略パネルへと向かった。それまで座っていたアデスも、クルーゼに続く。二人は、戦略パネルに映し出された足付きの予測コースが地球へと向かっているのを見て、驚きの表情を浮かべる。

「月本部へと向かうものと思っていたが……。奴ら、足付きをそのまま地球へ降ろすつもりとはな」

クルーゼにとって、その目的地は意外だったようだ。まあ、クルーゼでなくとも、宇宙戦艦をわざわざ地球に降ろすなど、そんなバカなことを考える愚か者はザフトにはいないだろうから、やむを得ないことだが。

「目標は、アラスカですか?」

アデスが確認する。アラスカは、地球連合軍の最高司令部がある最重要拠点だ。そこに入り込まれると、もう手出しは出来ないだろう。足付きが次に出撃するまで、待つしかない。

「なんとかこちらの庭にいるうちに沈めたいものだが、……どうかな?」

クルーゼの独り言に、アデスは真面目に答える。

「ツィーグラーにジンが6機、こちらにイージス、ストライクルージュ、ブルーフレームAS、ブリッツを含めて6機、ガモフもバスターとデュエルAS、ストライクが出られますから……」

アデスの言う戦力と相手の戦力を秤にかけ、しばらく考えた後でクルーゼは酷薄な笑みを浮かべる。

「智将ハルバートンか……。そろそろ退場してもらおうか……」

それから数時間後、アスカは強行偵察任務を帯びて出撃した。アスカが敵艦隊の配置を調査し、そこから防御の弱い場所を割り出してから、総攻撃を仕掛ける作戦だった。




「さあて、敵さんの状況はどうかしらね」

アスカは、ブリッツに装備されたミラージュコロイドを利用して、第八艦隊に接近していた。アサルトシュラウドの部品を流用して追加装備した高出力スラスターとバッテリーを切り離したばかりなので、偵察可能時間にはまだ十分余裕があるため、アスカは命令された調査以外のことも同時並行で行っていた。その結果は、案外早く出た。

「ふうん、単独攻撃も可能っていうわけね」

友人であるリツコから貰った超高性能パソコンを駆使して調べた結果、アスカはブリッツ単独での攻撃も可能と判断した。成功する確率は、ジンでは0.00001%、ストライクルージュで1%、ブリッツでは15%だったのだが、それでもアスカにとっては十分な数字だった。

アスカは、それから5分も経たずに早速射撃管制プログラムを作成した。敵艦隊のモビルアーマー発進口を、短時間に全て叩くためのプログラムだ。例えザフト随一の射撃の名手であろうと、数十にものぼる戦艦や駆逐艦の発進口を全て破壊するのは、まず不可能だ。そこで、アスカは射撃管制プログラムに補助させることよって、それを実現させようとしていた。プログラムのテストは先遣隊襲撃の際に行っており、効果は実証済みだ。今回は敵の数がおよそ10倍と段違いであるけれど、敵艦隊は密集していて動きが鈍くなるであろうことから、成功する可能性はかなり高いとアスカは踏んでいた。みんなに説明した作戦とは、前提条件がかなり違ってしまったが、キラやシンジを乱戦で倒さないようにするには、この作戦が一番いい。

「さあて、いくわよ。ハルバートン、覚悟なさい」

アスカは、舌なめずりをした。




アスカが接近している頃、シンジはキラやフレイ達と一緒に昼食を摂っていた。あと数時間で地球に降下すると知らされていたため、地球に降りたらどうしようかという話題で持ちきりだった。

「もうすぐ、地球に行くんだね。なんだか楽しみだね」

今まで、一度も地球に行ったことがないというキラは、どちらかというとウキウキしていた。

「私は進学する前は地球にいたし、長い休みの時は地球に帰っていたから、地球のことならなんでも聞いていいわよ」

ミリアリアは、任しといてと胸を張る。キラの友人達の中で、地球に行ったことがないのは、月からヘリオポリスに移り住んだキラと、ヘリオポリスで生まれ育ったカズイだけだった。サイ、トール、カズイの3人は、カレッジに入る前までは地球に住んでいたという。しかも、色々話を聞いているうちに、トールとミリアリアは幼馴染だということまでわかった。

「昔は、ミリィもちっこくて可愛かったんだぜ」

トールの言葉に、ミリアリアの顔が膨れ、トールは慌てて謝りだす。その様子がおかしくて、みなで大笑いする。

「そうえば、シンジ君はどうなの?地球には行ったことはあるの?」

そのうち、キラが尋ねてきた。

「それが、覚えていないんだ。僕は、2年前より前の記憶が無くて……」

シンジは、申し訳なさそうに言う。すると、キラは慌てだした。

「ご、ごめんね。変なことを聞いて」

ぺこぺこ頭を下げて謝るキラに、シンジも慌ててしまう。

「べ、別に気にしなくてもいいんだよ。僕は、気にしてないから」

そこまでシンジが言った時に、急に警報が鳴った。

「第一戦闘配備だ。みんな、急ごう!」

シンジの言葉に、みな頷いた。




「おうりゃあーーーーーーーーーーーーっ!」

第八艦隊のモビルアーマー発進口を全てつぶすことに成功したアスカは、スマッシュホーク片手に次々と戦艦の砲塔を潰していった。先遣隊の時と同じ要領で、戦艦から戦艦へと乗り移り、片っ端から戦艦の武装を無力化していく。

敵からは散発的な反撃があったが、味方に攻撃が当たることを恐れてか、ブリッツにダメージを与えるような強力な攻撃は無かった。それをいいことに、アスカはやりたい放題暴れていた。

モビルアーマーにさえてこずるのが戦艦である。相手がモビルアーマー以上の攻撃力と機動力を持つモビルスーツならば、しかも懐深く入り込まれているならば、なおさら不利なのだ。

「でも、さすがにこれまでのようね」

アークエンジェルからは、ようやくモビルスーツが発進してきた。恐らく、敵には奇襲に対する備えが無かったのだろう。それにしてもモビルスーツの出撃が遅すぎることから、アスカは何らかの理由で指揮命令系統か通信に混乱を生じたか、何かトラブルがあって出撃が遅れたか、いずれかだろうと推測した。

だが、どのような理由なのかについては、アスカには興味はない。敵艦隊を無力化するのに十分な時間を得られたという事実こそが重要だった。

「キラ・ヤマト、聞いているか?速やかに投降しろ。そうすれば、お前の仲間を見逃してもいい。月艦隊のクルーの脱出も認めよう。仲間の血を流したくなければ、言うとおりにするんだ」

アスカは、またもやボイスチェンジャーを使って、キラに投降を呼びかけた。





あとがき

アスカは、アスランのハゲの進行を食い止めるため……ではなく、アスランを苦悩から救うために、あえて無謀とも言える、ブリッツによる単独電撃作戦を決行します。その結果、アスカは賭けに勝ちました。敵の混乱に乗じて、第八艦隊を見事無力化したのです。
そして、キラに投降を呼びかけて、ザフトに取り込もうとします。さて、その結果は……