PHASE15 砂漠の虎(前編)


ラクスは、コンサートの翌日もアスカ達と一緒に海水浴を楽しんで、特にディアッカやイサークの目の保養に役立ったのだが、忙しいラクスは、その日の夜には別のコンサート会場へと発ってしまった。そして同じ夜、アスカはみんなの前で力強く宣言した。

「アスラン!キラ!明日は、バナディーヤへ行くわよ!」

アスカは、自分達の機体が送られてくるのに時間がかかることを知り、情報集めのためにバナディーヤに行こうと言い出したのだ。バナディーヤの近辺には、アークエンジェルが潜んでいるものと見られており、アークエンジェルの情報集めや、戦闘になると思われる場所の偵察をすることは、有意義なのだと。これには、キラとアスラン、ヒカリが賛成したが、イザークとディアッカはあまり乗り気ではなかった。

「言いたいことはわかるが、MSが無いんじゃなあ〜」

ディアッカは、無駄になるかもしれない偵察なんて行きたくないオーラを、全身から出している。女の子と一緒の海水浴の方がいいらしい。イザークの方は、単純に戦闘以外には興味がないらしく、同じく行きたくないと言う。アスカも、無理に連れていくほどではないと考え、もしもMSが届いたら至急連絡することや、早急な整備を手配するようにと頼んで、ジブラルタルを発った。




バナディーヤに到着したアスカは、キラやアスランと別れて、ヒカリと二人で町の中を歩き、アークエンジェルの情報を集めることにした。ヒカリの話では、フレイという友人は化粧品の好みが煩いので、その線から何か情報が入るかもしれないと言うのだ。そこで、化粧品を扱っている店の近くで網を張り、ヒカリと二人でのんびりおしゃべりしながら、冷たいジュースを飲んでいた。すると、そこに服装から明らかに地元の人間ではないとわかる男女1組が現れ、目的の店に入っていく。

「ねえ、ヒカリ。あの子がフレイなの?」

アスカは期待を込めて聞くが、ヒカリは首を横に振る。

「残念ながら違うわ。フレイの髪は、赤くて長いもの」

それを聞いたアスカは、単なる旅行者だったかと思い、がっくり肩を落とす。しかし、天はアスカを見放していなかったようだ。その男女は、店を出るとアスカのいるカフェに入り、アスカの近くの席に座ったのだ。二人は間もなくおしゃべりを始めたが、聞き耳を立てるアスカの耳に、ほどなく「フレイ」という単語が入った。ビンゴね。アスカは思わずにんまりとした。




その頃、キラとアスランは……

大通りで、たくさんの荷物を抱えて困っている少年を見て、ついついお人よしのキラが声をかけたら、その少年は大声で叫びだした。

「お前、一体なんでこんなところにいるんだよっ!」

少年は、物凄い形相でキラに詰め寄る。

「えっ、えっ、え〜っ!」

詰め寄られたキラは、訳がわからず思わず後ずさるが、少年はなおも詰め寄ってくる。

「お前!俺がどれだけ心配したと思っているんだよっ!俺だけシェルターに押し込まれて、一人だけ助かって、ずっとお前のことが気になってたんだぞ!わかってんのか、てめえ!」

そこで、ようやくキラは気付いた。この少年……ではなく少女が、ヘリオポリスでキラがシェルターに押し込んだ少女であることを。キラは、素直に少女の無事を喜ぶ。

「そうか、あのときの子か。お互い、助かってよかったね」

キラがにっこり微笑むと、少女は毒気を抜かれたらしくしばらく唖然としていたが、急に思い出したように咳払いすると、少し顔を赤らめながら言う。

「……お、お前も、無事でよかったな」

少女は、ようやく自分が往来の真ん中で、恥ずかしいことを仕出かしたことに気付いたようだ。まだ不満はあるようだが、一応おとなしくなった。そこで、今まで様子を伺っていたアスランが口を挟む。

「おい、キルア。今のは一体何なんだ?」

アスランは、キラと少女の両方を交互に見る。キルアというのは、キラの偽名だ。ちなみに、アスランの偽名はアラン。そこでキラは、とっさにこの場を取り繕うとして、アスランに説明する。

「この子は、ヘリオポリスにいたんだよ、アラン。そこでザフトの攻撃を受けて、シェルターに逃げ込んだっていうわけ。僕の名前は、キルア。こっちが友達のアラン。で、君。名前はなんていうの?」

キラは、途中で少女に話を振る。少女は急に振られたためか、狼狽する。

「お、お、お、俺はカガリだ」

その少女、カガリは少しどもりながら名前を言った。




お昼になる少し前、アスカはさきほど出会ったシンジという少年と一緒に歩いていた。

さきほどのカフェで、ヒカリが『エリザリオ』の化粧品を出して、アスカと化粧品談義をしていたところ、ミリアリアという少女が話しかけてきた。『エリザリオ』の乳液と化粧水があったら、少し分けてほしいと言うのだ。ヒカリは少し考えたフリをした後、宿に戻れば未使用品があるので、それで良ければ分けてもいいと答えた。ミリアリアはそれを聞いて喜び、買い物袋をたくさん抱えてヒカリと連れ立って宿に向かったが、シンジは他にも買わなければならない物があったので、別行動をすることになった。そこで、アスカは暇だから自分も一緒に付き合ってあげると言い、今に至っている。

「ありがとう、アスカさん。おかげで助かったよ」

シンジは、特に女物の商品を買うときにアスカに手助けしてもらい、助かったと礼を言う。だが、アスカにとっては、そんなことはなんてことはない。困ったときはお互い様だから、気にしないでいいと答える。それよりも、少し気になることがあると、アスカは言う。

「でも、シンジ。あなたのお友達って、珍しい化粧品を使うのね。シンジ達って、地元の人なの?」

そう聞かれたシンジは、目に見えて顔が強張り、裏返った声で返事を返す。

「い、いや。その、なんていうか……」

シンジは、言おうかどうか、迷っているようだった。そんなシンジを見て、アスカは笑う。これでは、自分は地元の人間ではないと言っているようなものだからだ。そうなると、やはり足つきのクルーなのだろうと、アスカは確信を深める。そこで、これ以上の追及はかえって逆効果になると考え、話題を変えることにする。

「何よ、言いたくないの?まあ、別にいいんだけどね。それよりもさあ、シンジってあのミリアリアっていう子と恋人同士なの?」

アスカが目を細めて聞くと、シンジは思いっきり首を振る。

「ううん、違うよ。あの子は、トールっていう彼氏がいるんだよ。」

その答えを聞いたアスカは、内心しめたと思う。フレイ、シンジ、ミリアリアにトール。キラから聞いた情報と完全に一致している。これで、100%キラの友達に間違いないと判断する。ここでアスカは、ちょっと茶目っ気を出す。キラからは、シンジには恋人はいないと聞いているのだが。

「じゃあ、他に彼女がいるんでしょ。ねえ、どういう子なの?」

目を細め、にんまり笑って聞くアスカに、シンジはうろたえる。

「い、いないよっ!それより、なんでそんなことを聞くのさっ!」

シンジは、声を裏返して聞いてくる。アスカは、内心では舌をペロリと出しているのだが、そんなもの、シンジに見えるはずもない。

「なんかさあ、シンジのことが気になるのよ。以前好きだった男の子に、似ているからかもね」

アスカは、そう言って遠くを見る。あからさまにシンジの気を引くためにしたことなのだが、恋愛経験の乏しいシンジは気付かない。ついつい、アスカの方を見てしまう。

「そ、そうなんだ。ならいいけど……」

シンジは、アスカの横顔を見て、なぜか胸が高まる。会って間もない女の子なのに、何故か強く惹かれてしまう。明るい笑顔に、ころころと変わる表情に、時折見せる哀しみを帯びた表情に、強引な性格に、時折垣間見える優しさに。

「えっ、いいの?だったら、シンジの恋人に立候補しようかしら。ねっ、シンジ。いいわよね?」

アスカは、そう言うなり突然シンジの腕にしがみつく。シンジは、腕に触れる柔らかい感触に驚きつつ、柔らかい感触が当たっている部分に全神経を集中させる。そのため、アスカに対しての返事が遅れてしまい、アスカから催促を受ける。

「ねえ、いいわよね。シンジ?」

アスカは、シンジの耳に軽く息を吹きかける。その効果はてきめんで、シンジの身体がびくっと震える。だが、シンジの答えはアスカの予想外だった。

「だ、駄目だよ。僕達、さっき会ったばっかりだし。お互いのことを、もう少し知ってからでも遅くはないと思うんだけど」

シンジは、体のいい断り文句を口に出す。これが、普通のシチュエーションであれば、前向きな答えとも取れるだろう。だが、シンジはもうすぐここから去るため、アスカとお互いを知り合うような機会など無いのだ。アスカは、シンジと一緒に足つきに入り込むというプランAが失敗したことを悟り、すぐさまプランBを実行に移す。

「じゃあ、早速アタシのことを知ってもらおうかしら。アタシはね、気に入った男の子には、プレゼントをせがむのよ。だから、あの店に入りましょうよ」

アスカは、シンジを宝石店へと強引に連行した。




「はあっ〜」

アスランは、カフェの椅子にへたりこんだ。その脇には、買い物袋が並んでいる。さきほどまでカガリが持っていた荷物は、キラがカガリの連れのところまで運びに行ったのだが、その後もカガリは買い物を繰り返し、哀れなアスランは荷物持ちと化していた。

「これで大体揃ったな。アラン、ありがとな。もうすぐ俺の仲間が来るから、そしたら解放してやるよ。お礼に、ここは俺が奢るぞ」

カガリがそう言い終わった頃を見計らってではないだろうが、そこにカガリの仲間、すなわちシンジが現れた。

「カガリ、待たせてごめんね」

シンジは、アスカと一緒だった。だが、アスカもアスランも、そ知らぬ顔で通した。唯一反応したのは、カガリだ。

「おい、シンジ。お前、ミリアリアはどうしたんだよ?それに、その女は誰なんだ?」

カガリは、キツイ目でシンジを見る。まあ、知らない女と腕を組んでいたのだから、カガリが睨むのも仕方ないだろう。シンジは慌てて弁解しようとするが、少し遅かったようだ。アスカが先に口を開いてしまった。

「アタシは、シンジの婚約者のアスカよ。さっきシンジに、婚約指輪を買ってもらったの」

そう言って、薬指の指輪をカガリに見せびらかす。もちろん、単に強請られて指輪を買ったにすぎないシンジは、大慌てで反論しようとするが、これまたカガリの大声に遮られてしまう。

「何だとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

カガリの大声に、シンジは耳を塞いで説明しようとするが、カガリはマシンガンのようにシンジの悪口を言って、シンジの反論に耳を傾けようとはしない。そんな状態がしばらく続いて、カガリが少し落ち着くと、アスカが笑って事情を説明する。

「あははは……。さっきのは、軽い冗談だから」

けらけら笑うアスカに、カガリは冗談がキツイと言う。シンジは憔悴した顔をして、アスランは苦笑いだ。

すると、そこに今まで近寄れなかった給仕が現れ、お茶と料理を並べた。

「なに、これ?」

シンジが珍しそうに尋ねると、カガリは得意そうに答える。

「ドネル・ケバブさ!美味しいぞ。このチリソースをかけると、特にな」

カガリがソースの容器を手にすると、突然脇から声がかかる。

「あいや、待った!」

アロハシャツにカンカン帽と大きなサングラスという、派手な格好をした男が近寄って来て、ヨーグルトソースが常識だと主張する。

「なんなんだ、お前は?」

カガリは男を無視して、ケバブにチリソースをたっぷりとぶっかける。それを見た男は、頭を抱えてシンジの横に座り込む。もちろんカガリは文句を言うが、男は外に目をやる。

「おい、聞いているのか!」

なおも文句を言い続けているカガリの腕を、アスランがテーブル越しにつかんだ、次の瞬間――。空気をつんざく鋭い音を立てて、店の中に何かが飛び込んできた。ブルーコスモスのテロが始まったのだ。




「なんですって!シンジくんとカガリさんが戻らない?」

アークエンジェルのブリッジに、マリューの声が響く。モニタには、シンジ達を迎えに戻ったキサカの顔がかろうじて映っている。キサカは、戻ってきたのはミリアリアと買い物袋だけだと言う。

「市街では、ブルーコスモスのテロもあったようだ」

続くキサカの言葉に、クルーの顔が青ざめる。ブルーコスモスは、ナチュラルだろうと平気でテロに巻き込むのを、クルーはよく知っているからだ。

「パル伍長!バジルール中尉を呼び出して」

マリューがパルに命じると、キサカは言葉を続ける。

「そちらで呼び出せたら、何人か街へ戻るように言ってくれ」

マリューとキサカがやり取りする間、フレイは泣きそうな顔をする。

「兄さんは、無事でいるわよね」

小声で呟くフレイの手を、サイがそっと握る。

「ああ、大丈夫だよ、きっと」

そんなサイに、フレイは小声でありがとうと言った。




「あ、あの……。本当にいいですから」

シンジは、さっきから同じ言葉を繰り返している。アロハシャツの男に連れられて来たものの、ホテルの前に並んだZAFTの警備兵や、中庭に立つジン・オーカーの姿を見て、ヤバイと思ってしり込みしているのだ。

「だめだめ!」

だが、アロハシャツの男は、お茶を台無しにしたうえ、命を助けてもらったので、このまま帰すわけにはいかないと言ってきかない。アスカは、その男が誰なのか――ZAFTの英雄、アンドリュー・バルトフェルドであることを――知っていたので、シンジの背中に隠れるようにしている。もしも気付かれたら、厄介なことになりかねないからだ。一方、バルトフェルドはカガリの服がぐちゃぐちゃになったことを指摘し、なんとかしたいと言い出した。

「いやっ、わ、私は全然平気だから!」

カガリは必至で首を横に振る。

「わ、私も気にしてませんから」

アスカも、カガリに調子を合わせる。アスカとしても、なるべく早くこの場を去りたいからだ。その一方で、手際よくテロリストを打ち倒したアスランを少し恨めしく思う。まあ、テロリストがバルトフェルドを狙ったとしても、流れ弾が自分達のところに来る可能性があったのだから、やむを得ないとはわかっているのだが、なんだか釈然としない。

「それじゃ、ボクの気がすまないよ!」

カガリがいくら遠慮しても、バルトフェルドは聞かない。ここまで言われると、断るのもかえって不自然だと思ったのだろう。シンジとカガリは、目を見合わせた後、腹をくくったのか敵地へと乗り込んだ。アスカはシンジの手をつなぎ、不安そうな少女を演じることにした。アスランも、怯えた少年の役を見事に演じており、カガリに励まされている。

途中、赤毛の兵士と言葉を交わした時に足を止めたが、バルトフェルドはずんずん中へと進んで、アスカやシンジ達を連れていく。

「おかえりなさい、アンディ」

不意に柔らかな声が聞こえ、シンジ達は驚いて顔を上げる。むろん、アスカも。そこに現れたのは、艶やかな黒髪を肩に流した、美しい女性だった。

「ただいま、アイシャ」

バルトフェルドは、彼女の細い腰に手を回してキスをした。それを目の前で見たシンジ達の顔は、真っ赤になる。ちょっと刺激が強かったようだ。アスカも、頬が赤く染まる。

「この子達ですの?アンディ」

アイシャは、カガリとアスカの手を引いて連れていこうとする。アスカとカガリは、不安そうな顔で振り返り、それを見たシンジが追いかけようとするが、アイシャは目の前で指を振る。アイシャは、レディの着替えに付いてこないでと言うのだ。シンジは、着替えと聞いたためか、足を止める。アイシャは、楽しそうな表情でアスカとカガリをその場から連れ去った。




アスカとカガリは、アイシャの私室らしき部屋に連れ込まれた。

「さあ、脱いでちょうだい。気に入った服があったら、遠慮なく言ってね」

アイシャがクローゼットを開けると、色とりどりの衣装が入っていた。カガリは目を輝かせて見るが、最近服にはあまり興味が無くなったアスカは、衣装には目もくれずに服を脱いでいく。

「あら。勝負下着なの?あなたのお目当ては、どっちの子なのかしら?」

アスカの下着を見て、アイシャは笑う。だがアスカは、ZAFT謹製の下着を身に着けていない幸運に感謝する。あわよくば、足つきのクルーに取り入って足つきに潜入しようとしていたのだから、ZAFTとの関わりを示すものは、一切身に着けていないのだ。アスカは、アイシャを無視しようかとも思ったが、あえて心証を悪くすることもあるまいと思い直した。

「私が狙っているのは、シンジっていいます。おでこが狭い方の男の子です」

アスカは、アスランに心の中で詫びながら、頬を赤らめて言う。最初は優しそうな方だと言おうと思ったのだが、それだとアイシャにはわからないと思い直したのだ。

「あら、意外だわ。てっきり身体ががっちりした子の方だと思ったんだけど。で、あなたはどうなの?」

アイシャは、カガリにも同じことを聞く。

「私は、弱い男は好みではない。だから、強いて言えばおでこの広い方かな」

カガリは、アスランの方が好みだと言う。これにはアスカも驚いた。だが、このまま黙っているわけにはいかないと、カガリに言い返す。

「シンジは、弱くないわよ。あなたの誤解だわ」

アスカは、カガリを睨む。これで、シンジを好きだということを、カガリに印象付けることが出来たはずだと、アスカは内心でほくそ笑む。だが、まさか反撃を受けるとは思わなかった。

「アランだって、おでこが広いわけじゃないぞ。あれは、そういう髪型なんだ」

カガリも、負けずにアスカを睨んできた。アスカは、まさかカガリが本当にアスランを気に入ったのではと思い、絶句した。





あとがき

思いがけず、アスカはシンジと出会いました。そして、アスランとカガリも。 この出会いは、後に大きな意味を持つ……かもしれません。 まあ、これでキララク、アスカガのカプ決定です。 シンジとアスカは、まだ何とも言えませんが……