PHASE16 砂漠の虎(後編)


アスカとカガリは、シャワーを浴び風呂に入り、綺麗さっぱりして着替えた後、バルトフェルドがいる部屋へ連れて行かれた。そこにはシンジとアスランがいて、二人を見るなり息をのむ。おそらく、二人が素敵なドレスを着ているからなのだろうと、アスカは見当を付ける。

アスカがシンジの方を見ると、シンジは赤い顔をしてアスカを見つめている。アスカは、シンジが自分に好意を持ち始めた証拠だと考え、心の中でしめたと叫びそうになる。

一方、カガリはドレスが気に入らないようで、憤慨して回りに当り散らしている。アスカは、相手がZAFTの英雄、バルトフェルドだと知ってもなお態度を変えないカガリに驚きつつも、呆れてしまう。よほどの世間知らずか、命知らずな娘だと。

バルトフェルドは、最初のうちはカガリをからかって楽しんでいたのだが、そのうちにカガリが爆発した。

「ふざけるなっ!」

カガリは立ち上がり、バルトフェルドを睨む。アスランが慌てて肩を掴んで止めようとするが、カガリの勢いは止まらない。すると、バルトフェルドは一転して冷たく鋭い目でカガリを見つめる。

「キミも、『死んだ方がマシ』な口かね?」

威圧感のある視線に、アスカでさえも身動きできずに立ちすくむ。すると、バルトフェルドはアスランに目を移す。

「そっちの彼。キミはどう思っている?」

突然の問いかけに、アスランは反応できない。

「え……」

アスランは答えないが、バルトフェルドの質問は続く。

「どうしたら、この戦争は終わると思う?『モビルスーツのパイロット』としては?」

まずい。アスランだとバレてる。アスカがそう思った時には、既にカガリが叫んでいた。

「お前、地球軍の援軍なのか?だったら、こんなところで遊んでないで、早く助けろ!」

カガリの方は、バルトフェルドの言葉を別の意味に取ったらしい。アスランを睨みつけるようにして見る。アスカは、なんてバカなことを言うのかと、頭を抱えたくなったがもう遅い。これで、カガリが足つきの関係者だと知られてしまっただろう。アスランは、困って口を開こうとするが、カガリ並み、もしくはカガリ以上のバカに邪魔をされる。

「アラン君。君もパイロットなの?じゃあ、一緒に戦おうよ」

シンジが、その場の空気を読めずに、アスランを期待に満ちた目で見つめる。アスカは、世の中には筋金入りのバカがいることを、今日初めて知った。敵の前で、わざわざ自分の正体を明かすとは。これで、ダメ押しだ。足つきのパイロットまで、ここにいると知られてしまった。これでは、シンジ達は生きてここを出られるかどうかも怪しくなってしまった。アスカは、どうしたらこの絶望的な状況をやり過ごせるのか、頭の中で懸命にシミュレートを始める。ここでアスランが変なことを言えば、もうおしまいであるが、さすがにアスランはバカではなかった。

「いや。悪いが期待外れだ。俺は、ZAFTとは戦わない。バルトフェルドさん。俺が地球軍のパイロットだと疑っているのなら、気が済むまで調べて欲しい。きちんと調べれば、疑いは晴れるはずです。疑いが晴れるまで、何日でも俺を監禁しても構わない」

アスランは、話す途中でバルトフェルドの方を向き、両手を上げた。抵抗しないという意思表示だ。バルトフェルドは、意外そうな顔をする。どうやら、さきほどの大立ち回りでアスランが活躍したのを見て、バルトフェルドは地球軍のパイロットだと誤解したのだろうと、ようやくアスカは思い当たった。

「何だよ、腰抜けかっ!」

カガリはアスランを毒づくが、途端にバルトフェルドが噴出す。

「あはは、参ったな。てっきり、アラン君とアスカ君が、地球軍のパイロットだと思ったんだがね。とんだ見込み違いか。でもまあ、本物が引っかかったから、よしとするか」

バルトフェルドは、いつの間にか銃を手にしていて、アスカ達に銃口を向ける。すると、銃を見たシンジの顔が青くなる。アスカは、とっさにシンジの前に出た。ここでシンジを殺されたら、キラやラクスに会わせる顔がないからだ。

「シンジを撃つなら、私を先に撃ってください」

アスカは、バルトフェルドをじっと見つめる。すると、アスランもカガリの前に、庇うように立ちはだかる。

「ZAFTとは戦いませんが、女の子を守るくらいはします」

アスランも、バルトフェルドをじっと見つめる。バルトフェルドは、アスランの表情を見てふっと笑う。

「やめた方が賢明だな。いくら君たちが暴れても、ここから無事に脱出できるものか。ここにいるのはみんな、シンジ君達と同じコーディネイターなんだからね」

「えっ!」

バルトフェルドが言うと同時に、カガリが短い声をあげてシンジを見る。だが、シンジは首を横に振る。

「ううん、違うよ。僕は、コーディネイターじゃないよ」

思いっきり否定するシンジをバルトフェルドは睨む。そして、砂漠の接地圧や熱対流のパラメータを即座に修正したことを例に挙げて、ナチュラルの仕業などとは信じられないと言う。

「そんなこと言われたって、何のことだかわからないよっ!」

シンジの方も、キレかかっているようで、声を荒げる。バルトフェルドは、肩をすくめて言い返す。

「砂漠の虎も、舐められたもんだな。そんな言い訳が通じるとでも思っているのかね?」

バルトフェルドは、少し怒っているようだった。アスカ達は、地球軍のパイロットがナチュラルであることを知っているし、そのことはZAFTの公式見解にもなっているのだが、どうやらバルトフェルドは信じていないようだ。このままではまずいと思ったアスカは、仕方なく口を出す。

「ナチュラルがコーディネイターに敵わないというのは、幻想ですよ。あなたが何のことを言っているのかわかりませんが、コーディネイターに出来てナチュラルに出来ないことはありません。コーディネイターの方があらゆる面で有利なのは事実ですが、遺伝子をいじった位の差なんて、ナチュラルは努力で追い抜いて見せます」

アスカがバルトフェルドを見つめると、彼はふっと笑う。

「君も、コーディネイターだと思ったんだけどねえ。だが、今の君の言葉には、どういうわけかとてつもない重みがある。どうやら嘘を言っているわけでもなさそうだな。まあいい、今日の君たちは命の恩人だし、ここは戦場でもない」

あっけにとられて佇むアスカ達に、彼は部屋の隅にあった机にゆっくりと歩み寄り、銃をしまった。それと同時に、呼び出しボタンを押す。すると、ドアが開いてアイシャが部屋に入ってくる。アイシャは、ドアの前に佇んでにっこり微笑む。

「帰りたまえ。今日は話が出来て楽しかった。……よかったかどうかは、わからんがね」

アスカは、バルトフェルドの気が変わらないうちにと、シンジの手を掴んでドアに向かった。ドアの前のアイシャに軽く会釈して出て行こうとすると、バルトフェルドは背中を向けたまま、アスカ達に声をかけた。

「また、戦場でな」

アスカは一瞬足を止めるが、直ぐに歩き出す。アスランとカガリもそれに続く。

廊下では、アイシャが待っていて、アスカとカガリの服を渡してくれた。しかも、ドレスは返さなくていいと言う。カガリは迷っていたが、アスカがさっさとこの場を離れましょうと言うと、素直に従った。




アークエンジェルでは、マナが顔をしかめていた。先日のZAFTとの戦いで、アストレイRFの補修用の部品が底をついてしまったからだ。

「マユラ、部品はどうにかならない?」

マナの問いかけに、マユラは苦笑い。

「そうは言ってもねえ。ここは、ZAFTの勢力圏でしょ。バジルール中尉にお願いはしたんだけど、望みは薄いわねえ」

マユラは、部品が見つからなかったら、修理はお手上げだと言う。そうなると、虎の子のアストレイRFのうち、1機は動かなくなる。これは、由々しき事態だ。

「そう……。デュエルダガーの部品は流用できないかなあ」

マナの提案に、マユラは首を振る。

「ううん、残念ながらね」

アストレイRFとデュエルダガーとでは、共用部品はそう多くないから、流用はきかないとマユラは言う。

「それよりさあ、シンジがまだ戻って来ないんだけど、何かあったの?」

マナは、シンジと一緒に買い物に行きたかったのだが、アストレイを修理しなければならないため、泣く泣くここに残ったのだ。105ダガーの修理のため、ここに残ったレイも同様であり、今は修理に没頭している。

今のところ、シンジには何も無いが、実は危なかったとマナが知るのは、シンジがアークエンジェルに戻ってからのことである。




一方、修理に没頭しているはずのレイだが、実は手が止まっていた。なかなか戻らないシンジを心配してのことだ。

「イカリクン……」

レイは、シンジの身を案じて、なかなか修理に身が入らないようだ。しかも、今後どうなるのか、一寸先は闇なのだから、レイの心配は尽きない。

養父のハルバートンは、意識こそ戻ったが、未だにベッドで寝たきりだ。歩けるようになるまでに、もう少し時間がかかるという。地球軍との連絡も、思うようにつかないため、補給もままならない。幸い、マナの知り合いがレジスタンスにいたことから、食料品などはある程度の補給は受けられるようになったのだが、それも十分ではない。

しかも、アークエンジェルは高い所を飛べないため、ザフトの勢力圏を抜けるコースは限られてくる。今は北アフリカにいるので、ジブラルタルにZAFTの大規模な基地がなければそこを通りたいのだが、アークエンジェルだけで通るのは自殺行為に近い。したがって、紅海を通ってインド洋に抜け、中立国の赤道連合の領土ぎりぎりを通って太平洋を経由するという、大回りをするはめになりそうだ。

「イカリクン……」

レイは、シンジを心配してまたもや呟く。しかし、シンジは無事なのだが、レイにとって最大の危機が迫っていたことに、レイは本能で気付いていたかもしれない。




「どうでした?」

アスカ達が帰った後、窓際で佇むバルトフェルドに、アイシャが声をかけると、沈んだ声が返ってきた。

「……ひどい気分だ」

バルトフェルドは、振り向こうとしない。

「あらあら」

これはいつもと違うと感じたアイシャは、バルトフェルドに歩み寄る。

「可愛い子達だったじゃないの?何が気に入らなかったの?」

疑問に思ったアイシャが尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「気に入った。だから気分が悪い」

アイシャは、返事を聞くといきなり笑い出し、バルトフェルドの背中に身体をすり寄せた。

「おばかさんねえ。気まぐれを起こすから」

アイシャはなじるが、反論はない。

「まったくだ」

バルトフェルドは苦笑いしながら、振り返ってアイシャの華奢な身体をそっと抱きしめた。




アスカ達は、小走りで路地裏に入り込むと、ようやく立ち止まって休むことが出来た。

「シンジ〜、怖かったよ〜」

アスカは、シンジの胸に抱きついて泣く……真似をする。ふと横を見ると、アスランが震えるカガリを抱きしめていた。あとでお仕置きかなと思いつつ、アスカは絶体絶命のピンチを抜け出すことができて安堵する。どうやら、アスカ達の正体は、バルトフェルドには気付かれなかったようだ。

そこでしばらく心を落ち着かせた後、アスカとカガリは、適当な洋服店で元の服に着替えると、さきほどとは別のカフェで何か食べることにした。結局、さっきはケバブを食べられたのはカガリだけだったため、みんなお腹が空いていたからだ。

「ねえ、シンジ。あなた、ZAFTと戦っているの?モビルスーツのパイロットって、どういうこと?まさか、本当に地球軍なの?ZAFTと戦うつもりなの?カガリも地球軍なの?」

椅子に腰掛けたアスカは、矢継ぎ早に質問を繰り出す。シンジは、苦笑しながらも正直に全てを語る。ヘリオポリスでZAFTとの戦闘に巻き込まれたこと、救命ポッドが故障して宇宙をさまよったこと、意に反してパイロットに選ばれてしまったこと、今までZAFTから逃げ続けてきたことなどだ。

カガリも、自分がオーブ国民であることや、世界を知るために国を出たこと、困っている人達を救うためにZAFTと戦うレジスタンスに身を投じたことなどを話す。カガリは、ZAFTは卑怯で臆病だと罵る。さすがに、これにはアスカもカチンときて、何か言わずにはいられなかった。

「でも、変ね。オーブは中立のはずよ。それが、地球軍の新兵器を作っていたなんて、騙まし討ちに近いわ。まあ、悪いのは、ヘリオポリスで地球軍の新兵器を作っていた人たちなんでしょうけど、一般人にとってはいい迷惑よね。彼らがZAFTを呼び込んだんですもの。本当に悪いのは、地球軍の武器を造った人と、その親玉よね」

アスカの物言いに、シンジは反発する。

「でも、ZAFTはいきなり攻撃してきたんだよ。酷いよ」

だが、アスカは直ぐに切り返す。

「でも、逆だったらもっと大変よ。ヘリオポリスでZAFTの新兵器を開発していたら、一般人も問答無用で皆殺しにされていたわ。地球軍は、宇宙で食料を作っただけで核兵器を撃ち込んで、一般人を皆殺しにした実績があるもの。カガリの選択も正しいわ。南米にでも行って地球軍と戦ったら、間違いなく惨たらしく殺されているもの。こんな風に逃がしてくれることは、有り得ないわ」

アスカの言うことは、ある意味的を射ていたため、シンジとカガリは反論できずに言葉に詰まってしまう。それを好機と見て、アスカは畳み掛けるように言う。

「ねえ、カガリ。悪いことは言わないから、ZAFTとはしばらく休戦しなさいよ。ZAFTの目的は、ビクトリアの宇宙港を地球軍に使わせないことだから、戦争に勝ったらZAFTはこの辺を引き払うわ。負けたときも同じよ。その時、入れ替わりにやってくるのは地球軍よ。ZAFTと戦って疲弊したレジスタンスが、戦って勝てる相手じゃないわ。カガリ、あなた達は、ZAFTを追い出した後のことを考えていないでしょ。それじゃあ、駄目なのよ。今は、地球軍の弾除けとして、ZAFTを大いに利用すべきよ。そして、来るべき地球軍の侵攻に備えるべきよ。そうしなければ、南米の二の舞になるわよ」

アスカは、大西洋連邦が南米を侵略したことを引き合いに出し、いずれアフリカも同じ目に遭うと説く。

「シンジも、いつまでも地球軍にいちゃ駄目よ。人でなしの集まりだっていうし、パイロットは使い捨てにされるって有名じゃない。そんなところにいたら、幾つ命があっても足りないわよ。ZAFTに捕まったことにして、逃げちゃいなさいよ。ねっ?」

アスカはシンジの手を握って、地球軍を抜けるようにと必死に頼む。しかし、シンジはゆっくりと首を横に振る。

「そんなこと、出来ないよ。アークエンジェルには、友達がいるんだ」

シンジは、俯いて辛そうに言う。しかし、アスカは諦めない。キラだって、最初は同じことを言っていたのだから。

「じゃあ、その友達も誘って、一緒に逃げましょうよ。ねっ、いいでしょ?」

アスカは努めて笑顔で言うが、シンジの答えは変わらない。

「駄目だよ。お父さんの顔に泥を塗ってしまうよ。妹だって、反対するだろうし。だめだ、やっぱり出来ないよ」

シンジは、泣きそうな顔になる。アスカは、流石にこれ以上の説得は難しいと諦めた。シンジが本当に辛そうだと思ったからだ。おそらく、シンジも今の地球軍には疑問を抱いているのだろうが、容易に抜けられないしがらみがあるのだろう。アスカは、次の機会を待つか別の方法を試みるか、迷った末に駄目で元々と、別の方法を試みることにした。

「じゃあさ、シンジが乗っている船にアタシが密航するっていうのはどうかしら?アタシ、出来ればシンジと一緒にいたいんだけど?」

アスカは、足つきの中でシンジを説得する方法に切り替える。足つきがアラスカに到着するまでには、まだ時間はたっぷりあるからだ。その間、時間をかけてシンジを説得するつもりだ。アスカは可愛くお願いするが、シンジはまたもや首を横に振り、アスカの目論見は早々に崩れる。

「それも駄目だよ。アスカを危ない目に遭わせたくないんだ。だから、アスカとはここでお別れだ」

シンジの決意は固く、これ以上言っても無駄だと悟ったアスカは、運を天に任せることにした。ここでお別れして、二度と会えなければそれまで。でも、運がよければもう一度出会えて、その時になんとか説得して地球軍を抜けさせようという心積もりだ。アスカは、本当に残念だという表情を浮かべて、シンジを見つめる。

「残念だけど、シンジがそこまで言うのなら仕方ないわ。でもね、いつかどこかで出会ったら、その時は運命の出会いだと思って、私とデートしてね。これは、嫌とは言わせないわよ。じゃあ、握手でお別れしましょう」

アスカは、シンジの手を握る。すると、シンジも握り返してきた。ただ、シンジは今にも泣きそうな、辛そうな顔をしている。

「アスカ、今日は本当にありがとう。君は、命の恩人だよ。このお礼は、いつかきっとするよ。もしも地球連合のどこかの場所に行くことがあって、困ったことがあったら、遠慮なく僕の父を頼って欲しい。父の名は、ジョージ・アルスター。大西洋連邦の事務次官なんだ。だから、地球連合の中だったら、連絡をとるのはそう難しくないと思う」

すると、カガリも横から顔を出した。カガリも、別れが惜しいのか、辛そうな顔をしている。

「そうだな、お前達なら本当のことを言ってもいいか。俺の名前は、カガリ・ユラ・アスハ。オーブの獅子の娘だ」

これには、アスランはもとより、アスカも驚いた。しかしアスカは、直ぐに機転をきかせて、カガリに聞き返す。

「もしかして、あなた、シンジと一緒にオーブへ行くつもりじゃあ?」

アスカの問いかけに、カガリは首を縦に振る。

「ああ、そうだ。砂漠の虎を正面から打ち破って、後顧の憂いを断ってからオーブへ帰る。シンジ達がいれば、それも夢じゃなくなるさ」

カガリは、目を輝かせて言った。





あとがき

残念ながら、アスカはシンジの説得に失敗しました。アークエンジェルに潜入するプランも同様です。
砂漠の虎は、配役を変えたら道化になってしまいました。まあ、アスランはコーディネイターですし、パイロットというのも間違いないんですが、地球軍というのが大外しですね。
次回、果たしてシンジとアスカは戦うことになるのでしょうか?それとも……