PHASE19 砂漠の夜


アスカは、前日に引き続き訓練と称して、バルトフェルドから中型陸上戦艦のピートリーを借り受けた。だが、アスカの目的は訓練ではなかった。アークエンジェルに向かうレジスタンス補給部隊の襲撃が、真の目的だったのだ。注意深く補給部隊を探した結果、2つのルートからアークエンジェルに向かう補給部隊を発見したアスカは、自分達の部隊も二手に分けた。

アスカは、イザークとディアッカを引き連れて、補給部隊を急襲した。突然、アスカの乗るバクゥが、補給部隊の前方に立ちふさがる。補給部隊も当然ながら丸腰ではなく、ミサイル攻撃を仕掛けてきたが、アスカはバクゥの機動力を活かしてそれらをことごとくかわしていく。そのうちに弾切れとなったらしく、補給部隊の攻撃がやむと、アスカの後方からイザーク達が乗るストライクが現れた。

「おい、お前ら!さっさと降伏しろっ!」

イザークは、空から補給部隊にビームライフルを向けて威嚇する。イザークの横からも、同じくストライクに乗るディアッカがビームライフルで狙いを付ける。攻撃手段も無くなり、3機のモビルスーツと対峙した補給部隊は、あっけなく降伏した。



意気揚々とピートリーに戻ったアスカは、捕虜にした補給部隊の隊長に話を持ちかけた。

「ねえ、ちょっと提案があるんだけど、聞いてくれないかしら?」

アスカはやんわりと話しかけたが、隊長は顔を背けて答えない。アスカは、少しむっとしたが、ここは我慢と自分に言い聞かせた。

「東の鉱区なんだけどね。あなた達レジスタンスに譲ってもいいのよ」

アスカの言葉に、隊長は驚いて振り向く。どうやら、交渉に乗ることは可能なようだ。この時アスカは、心の中でニヤリと笑った。





一方その頃、なかなか補給部隊が到着しないので、アークエンジェルのクルーはあせっていた。このままでは、明日の出撃準備が整わないからだ。そこに1台のバギーがたどり着き、運転していたレジスタンスのメンバーが、サイーブへの面会を求めてきた。サイーブは直ちに応じたが、面会が終わるとマリュー達に話があると言い出したので、マリューはサイーブに言われるままに士官とパイロットを招集した。

「すまねえ。わりいが、補給物資はもう届かねえ。そのうえ、俺達はこれ以上あんたらに協力できなくなった」

いきなり頭を下げて詫びるサイーブに、真っ先にカガリが食ってかかった。

「おい、サイーブ!それじゃあ、わけわからねえだろ。わかるように説明しろ!」

サイーブを目を細めて睨み付けるカガリに対し、サイーブは頷く。

「まあ、そうだろうな。理由は、これから説明する」

サイーブは、補給部隊がザフトに襲われたこと、東の鉱区を譲ると言われたこと、その代わりに地球軍に一切協力しない確約を求められたこと、早急に返事をしなければ東の鉱区を破壊すると言われたこと、それらの事情を俯きながら話した。サイーブの説明が終わると、再びカガリが噛み付いた。

「おい、サイーブ!まさか、奴らの犬になるつもりじゃないだろうな?」

顔を真っ赤にして怒るカガリに、サイーブは悔しそうに答える。サイーブとて、ZAFTの言いなりになることは本意ではないからだ。だが、レジスタンスの目的は復讐ではなく独立だ。だから、仲間やその家族を養っていく責任を放棄するわけにもいかないのだ。敵を倒したからといって、先立つものが無ければ生活できないのだ。その収入を得るために手っ取り早いのは、東の鉱区を押さえることだった。

「では、戦えと言うのか?楽して東の鉱区を得られるチャンスなんだぞ。そりゃあ、俺だって戦いてえさ。だがよ、戦って勝てる保証はねえんだ」

サイーブは、拳を強く握り締める。サイーブも、決して納得しているわけではないようだった。そんなサイーブを見て、カガリは翻意を促す。

「おい、サイーブ。騙されるな。奴らが、約束を守ると思うか?奴らは、俺達を恐れているんだ。だから、こんな卑怯な手を使うんだ。アークエンジェルと力を合わせれば、きっと砂漠の虎を倒すことが出来るさ。だから、戦おうぜ」

カガリは、サイーブの肩をつかんで揺する。しかし、サイーブの答えは変わらなかった。

「奴らの中に、頭の切れる奴がいるらしい。はやり病の特効薬を持ってきて、街のガキ共の命を大勢救ったそうだ。おかげで、女共は殆ど奴らの味方になっちまった。自治権もある程度認められた。水や食料の配給も、以前より増えるそうだ。たった数日で、街の奴らはZAFT寄りに変わっちまった。これ以上戦うんなら、仲間同士での争いになりかねねえんだ。だから、わりい」

サイーブは、マリュー達に向かって頭を深々と下げた。そこまでされると、カガリも黙るしかない。他のクルーも、サイーブの苦悩がわかるので、何も言うことが出来なかった。むしろ、仁義を通したサイーブに感心すらしていた。そんな中、シンジはサイーブに優しく声をかける。

「でも、戦わなくても自立出来るんですよね。良かったですね。これからも、頑張ってください」

シンジは、サイーブに笑いかける。サイーブは、一瞬きょとんとしたが、何を言われたのか理解すると、涙ぐんだ。

「シンジ……。俺達は、お前達を見捨てたんだぞ。それなのに、お前って奴は……」

サイーブは、感極まったのか、それ以上しゃべることができなかった。周りの者にも、サイーブを責めるような無粋な者はなく、クルーはしばらく立ちすくんでいた。



「しっかし、参ったよなあ」

サイーブが去った後、作戦会議を開くことになったのだが、ムウは開口一番グチをこぼす。

「まあね。当てにしていた武器弾薬は手に入らないし、地の利は敵にあるし、少しでも戦力が欲しいところにこれだもの」

マリューも頷き、ため息をついた。だが、これにはさすがにナタルが噛み付いた。

「ですから、善後策を話し合おうというのではないですか?グチをいくら言っても、戦いには勝てませんよ」

ナタルは、きりっと眉を吊り上げて言う。おそらく、半ば呆れて半ば怒っているのだろう。しかし、ナタルは失念していた。ここに、マリューと仲が良い者がいることを。

「味方をけなしていたら、勝てる戦でも負けるかもしれない」

レイがナタルを当てこすってぼそっと言うと、ナタルは顔を真っ赤にする。良い案を出せないという点ではマリューと変わらないことに、今更ながら気付いたらしい。何か良い案をと思ってナタルは考え込むが、そんな簡単に妙案が浮かぶはずもない。それは皆同じようで、全員でうんうん唸るばかりで会議は進まない。そのうち、マナが痺れを切らした。

「もうさ、何も考えないで、正面突破っていうのはどう?」

マナは、小細工せずに全戦力を一気に投入したらいいと提案する。だが、さすがに誰も賛同しない。

「そんな無策で勝てるとお思いますか?」

ナタルは、マナの作戦を無謀だと眉をひそめたが、この時初めてシンジが口を開いた。

「では、勝てる作戦を提案してください」

むろん、ナタルは黙るしかなかった。



「あーあ、やっぱり私の作戦、通らなかったなあ」

作戦会議が終わった後で、マナは深いため息をつく。結局、敵の防衛線が薄いと思われる地点を通って逃げることになったからだ。なんだかこそこそと逃げるみたいで、この作戦はマナの性に合わなかったのだ。

「でも、しょうがないよ。他に良い作戦なんて無いし。ぜめてキラくんがいれば、もう少しなんとかなったかもしれないのになあ」

シンジも、キラがいてくれればなあとぼやく。シンジは、マナと一緒になってキラに戻るように頼んだ、あの日のことを思い出していた。だが、マナは今更言ってもしょうがないと言う。

「結局のところ、あの時にキラ君が投降しなかったら、私達は今頃良くてプラント。悪ければ宇宙の塵になっているよ。せっかくキラ君がくれたチャンスなんだから、頑張ろうよ」

マナは、ZAFTをけちょんけちょんにしてやろうと張り切って言うが、シンジは気乗りしなかった。もしかしたら、クルーゼ隊が追いかけてきていて、その中にキラの友人がいるかもしれないと考えたからだ。

「キラくん……。いったい、君は今どこにいるの?」

シンジの呟きは、キラに届くはずもなかった。





一方、アスランとアスカは作戦会議には参加させてもらえたのだが、アスラン隊は戦力外との通告を受けていた。砂漠での戦いに馴れていなからというのがその理由だ。

「納得出来ません。ただでさえ我が軍は不利なのに、我々抜きではこのままでは全滅しかねません」

アスランは、珍しく声を荒げてバルトフェルドに抗議したのだが、聞き入れられなかった。逆に、アスランの横にいたアスカは、仕方がないと言う。

「やめなさいよ、アスラン。隊長が困っているでしょう。我々は新参者なんだから、隊長に言われたとおりにするしかないのよ。確かに、砂漠での戦いは宇宙での戦いとは大きく違うから、隊長が心配するのも当然だわ。とにかく、次の作戦ではバルトフェルド隊長の足を引っ張らないことを心がけましょう」

アスカは、アスランの期待に反することを平然と言う。アスランは、仕方なく矛を収めることにしたのだが、内心では不満たらたらだった。



アスカ達が部屋に戻って、イザーク達に作戦の概要を説明したところ、思ったとおり凄い反発を受けた。

「艦上で待機?そんなこと、有り得ないっしょ」

ラスティは、怒りを通り越してあきれ果てていた。

「ふざけるなっ!そんな命令なんて、聞けるかっ!」

イザークは、自分が直談判してやると息巻く。

「それ、本気かよ?」

ディアッカも、信じられないという表情だ。

「だって、しょうがないだろ。それがバルトフェルド隊長の命令なんだから」

アスランは三人をなだめようとするが、全く効果が無いどころかかえって火に油を注ぐ始末。そこで、アスカが見かねて止めに入る。

「いいから、今回はバルトフェルド隊長の言うとおりにしなさい。いくら宇宙では実績を挙げていても、砂漠ではなんの戦果もあげていないんだから、指揮官としては不安に思うのが当然でしょ」

アスカは、自分達が戦力外になった理由をかいつまんで説明した。

アスカ達は砂漠での戦いに馴れていないし、実績も無いことから、他のパイロットからの信用がはっきり言ってゼロに等しい。そんな状況では、他のバクゥとの連携がとれるはずがないのだ。そのうえ、クルーゼ隊の赤服であることからやっかみも多いだろうし、信頼関係はゼロどころかマイナスだろう。そんな状況では、仮にうまく連携出来る能力がお互いにあったとしても、実際の戦闘になったらお互いに足の引っ張り合いに陥る可能性の方が高い。少なくとも何回か一緒に戦って、お互いに背中を預けあえる関係が出来てからでないと、高度な連携は取れないし、ありきたりな連携攻撃はアークエンジェルには通じない。だから、今は信頼できる仲間同士で連携を取り合って攻撃するのが最善の方法なのだと。

「そうなると、我々だけで連携した方がいいってことか。まあ、逆の立場だったら、俺も同じことを言うかもしれないしな」

ラスティは、なるほどと言って納得したようだ。クルーゼ隊にベテランパイロットが来たとしても、初戦から連携出来るなどとは考えなかっただろうから、それと同じことだと。

「まあ、いいさ。砂漠の戦いって、初めてだもんな。今回は、砂漠の虎のお手並み拝見といくか」

ディアッカも、アスカの説明に納得してしまった。元々ディアッカはバスターに乗っていたので、ストライクだと勝手が違うこともあり、今回は肩慣らしでいいと判断したようだ。こうなると、イザークも勢いが無くなってしまう。

「仕方ない。今回だけは、アスランの顔を立ててやるか。もっとも、アークエンジェルがそう簡単にやられるとは思えんから、次の機会を待てばいいだろう」

イザークも、今回は砂漠での戦いになれる練習だと割り切ればいいと言って、素直に引き下がった。だが、すんなりとは終わらなかった。

「どうして、アスカの言うことだと素直に聞くんだよ、みんなは……」

アスランだけは、そう言って一人いじけていた。





夜になってから、シンジはアークエンジェルの外に出て、星空を一人で見上げた。

「綺麗な夜空だなあ。明日も、同じ夜空を見ることが出来たらいいなあ」

シンジは、思わず弱気を口に出す。すると、それに応える者がいた。

「出来るわ。だって、あなたは私が守るもの」

暗闇の中から、レイが現れて言った。シンジは、なんだか恥ずかしくなった。女の子に守ってもらうなんて、恥ずかしいことだと思っていたからだ。だが、レイがシンジのことを大切に思っているという気持ちは嬉しかったので、素直にお礼を言う。

「ありがとう、レイ。明日は厳しい戦いになると思うけど、僕も精一杯頑張るよ」

シンジは、レイに笑顔を返す。なんの邪気もない、自然な笑みだった。その笑顔を見たレイの顔は、少し赤くなった。おそらく照れているのだろうが、シンジはそんなことには気付かない。

「ありがとう、期待しているわ」

レイも、わりとそっけなく返事をするだけだった。そこでいったん二人の会話が切れ、レイとシンジは無言で見つめ合う。すると、そこにお邪魔虫が現れた。

「あーっ、レイ。なに、抜け駆けしようとしてるのよっ!」

頬をプリプリさせて、マナがやってくる。

「なんだか、怪しい雰囲気だったわね」

フレイも一緒だが、なんだか不機嫌らしく、目を細めている。そんな二人を見ても、シンジは微笑んでいる。お約束だが、シンジは女の子の気持ちに疎いからだ。シンジは、二人に手を振る。

「マナにフレイ。いいところに来たね。ここって、凄く夜空が綺麗なんだ。みんなで一緒に見ていようよ」

シンジは、静かに夜空を眺めたいと言うのだ。シンジの望みを断る理由など無いため、マナとフレイは頷いてシンジの傍に座る。

「本当だ。綺麗な夜空だね。私の心と同じくらい綺麗だよね」

マナは、シンジの腕に自分の腕を絡めながら言う。これには、さすがにシンジも苦笑する。

「そうかもね……」

当然ながら、否定するとマナの機嫌が悪くなるため、シンジはお茶を濁した。だが、今度はレイが腕を絡めてきた。

「シンジくん。今度、二人きりで夜空を見ましょう」

レイは、腕を絡めると同時に、シンジに身体を寄せてきた。当然ながら、あぶれたフレイがむすっとする。

「まったく、あんた達って!」

フレイは文句を言いながら、シンジの膝の上に座る。これで、ますますシンジは動けなくなった。

「あははは……」

もう、シンジは笑うしかなかった。





夜空を見ていたのは、シンジ達だけではなかった。アスカも、外に出て夜空を眺めていた。そこに、キラがやってきた。

「ねえ、アスカ。横に座ってもいいかな」

キラがおそるおそる尋ねると、アスカはゆっくりと頷く。キラは、ほっとした顔でアスカの横に座る。キラが座ると、アスカはどうかしたのかと尋ねた。

「もしかして、眠れないのかしら?」

アスカが尋ねると、キラは首を横に振って否定した。

「違うんだ。一言、お礼を言おうと思ってね。さっきは、ありがとう」

キラは、アスカに頭を下げた。すると、アスカは意外な顔をする。

「なんだ、気付いていたのね」

アスカは、いつもは鈍いくせにとキラをからかう。それには、キラも反論できなかった。

「我ながら情けないね。大口叩いておきながら、アークエンジェルに攻撃を仕掛ける心の準備が出来ていないなんてね。アスカはそのことに気付いていたから、バルトフェルド隊長の指示に従うことにしたんだよね?」

キラが問いかけると、アスカは頷く。

「キラは、まだ迷っているみたいだから。戦場ではね、優柔不断な奴は早死にするのよ。仲間になったばかりで、すぐに死なれるのも気分が悪いから」

アスカは、キラには死んでほしくないと言う。

「アスカって、優しいんだね」

キラは、思わずアスカを褒めたが、アスカは苦笑する。

「そんなこと言う奴、滅多にいないわよ。まあ、あんたは人を見る目があるわね」

アスカは、そう言ってけらけら笑う。それから二人は他愛の無い話をしたが、キラは頃合を見計らって今まで疑問に思っていたことを口に出した。

「アスカは、ナチュラルなんだよね。それなのに、なんでZAFTにいてナチュラルと戦っているの?もしよければ、教えてほしいんだけど」

キラは、そこまで言って口を閉じ、アスカの返事を待った。するとアスカは、逆に質問で返してきた。

「キラは、コーディネイターなんでしょ。それなのに、なんで地球軍にいてコーディネイターと戦っていたの?」

アスカの質問に、キラは一瞬言葉に詰まった。だが、暫しの沈黙の後にキラは答えた。

「アークエンジェルには、友達が大勢いたんだ。僕が戦わなければ、みんなが死ぬかもしれないと思ったから、僕は戦うことを選んだんだ」

キラは、マリューにおでこにキスされて、その上アサギ達3人にも頬にキスされてしまったため、渋々パイロットになることを承諾したことなどすっかりと忘れていたようだ。だが、パイロットになったきっかけはそうであったかもしれないが、友達を守るために戦い続けたのもまた事実だった。アスカは、キラの返事を聞くと顔を上げて夜空を見つめた。

「そう、羨ましい理由ね。私が戦う理由は、復讐なの。地球軍に殺された友達の仇を討つため。寂しい理由よね……」

アスカの声は上ずっていた。キラは、そんなアスカを見て迷ったが、もうひとつだけと思って聞いてみた。

「その友達って、どんな人だったの?」

キラは、その友達が男なのか女なのかを知りたかったのだ。アスカは、キラの疑問に対してか細い声で呟くように答えた。

「どんな人達って言ったらいいのかしらね。みんな、とても優しい子達だったわ。いろんな夢を持って、たくさんの希望を持って、みんなこれからっていう女の子達だったわ。ねえ、キラ。私の友達は、100人以上殺されたのよ。どんな子だったのか言うだけで、夜が明けてしまうわ。だから、今日は……」

アスカは、そこまで言うと口を閉ざした。アスカの答えはキラの想像を遥かに超えていたため、キラもそれ以上アスカに話しかけることはしなかった。

しばらくして、キラがふとアスカの横顔を見ると、アスカの目からとめどなく涙が零れ落ちているのが見えた。キラは、アスカに何か声をかけたかったのだが、結局出来なかった。キラは、好奇心でアスカの心の傷を抉るようなことを聞いてしまい、深く後悔したがもう遅かったようだ。だが、キラはこの時、地球軍とは永遠に決別することを決意したのだった。








あとがき



次回、アスカ達はアークエンジェルと戦います。その結果は、果たして……